私はずっと、醤油や味噌の原型である「ひしお」は中国から来たものやと思っていた。
それが当たり前やと思っていたし、疑いもしなかった。
でも、歴史を掘り下げていくうちに、 その“当たり前”が少しずつ揺らぎはじめた。
ひしおは確かに中国にもあった。
けれど、日本で育ったひしおは、 中国のそれとはまったく違う姿に変わっていった。
その違いを辿っていくと、 日本の発酵文化がどれだけ“日本の気候・建物・生活”と
深く結びついていたかが見えてくる。
■ 中国のひしおは「塩が菌を選ぶ文化」
中国は塩が豊富やった。
- 塩湖
- 大規模塩田
- 乾燥した気候
- 強い日照
- 平地の広さ
この環境では、保存の基本は 塩+食材。
肉も魚も野菜も、まずは塩で守る。 魚醤もあるけれど、文化の主役ではなく、 あくまで塩蔵の延長線上にあると思う。
塩濃度が高い環境では、
- 麹菌 → 死ぬ
- 弱い乳酸菌 → 死ぬ
- 雑菌 → 死ぬ
- 強い乳酸菌だけが生き残る
つまり、中国の発酵は──
塩が菌を選別する文化。 発酵は甕(かめ)の中だけで起きる。
■ 日本のひしおは「環境が菌を選ぶ文化」
一方、日本は塩が貴重やった。
- 雨が多い
- 日照が弱い
- 塩田が流される
- 海水の塩分が低い
- 平地が少ない
塩を大量に使う魚醤文化は広がらなかった。 塩蔵だけでは保存が難しい。
だから日本は、 塩を節約するために麹菌の酵素を使う文化へ進化した。
麹菌が酵素で糖を作り、 乳酸菌がその糖を食べて酸を作り、 酸が雑菌を抑える。
蔵の中は麹菌と乳酸菌が共生する“菌の森”になり、 発酵は代を重ねるほど強くなる。
つまり、日本のひしおは──
麹菌 × 乳酸菌の共生文化。 発酵は蔵全体で起きる。
● 中国のひしお
- 塩が豊富
- 塩蔵が中心
- 魚醤はあるが主役ではない
- 発酵は甕の中だけ
- 麹菌は定着しない
- 強い菌だけが残る
- 保存目的が強い
● 日本のひしお
- 塩が貴重
- 麹発酵が中心
- 麹菌が蔵に住みつく
- 乳酸菌と共生する
- 発酵は蔵全体で起きる
- 代を重ねるほど強くなる
- 旨味抽出が主目的
どちらが優れているとかではなく、 ただ 環境が文化を分岐させた必然。
■ 発酵食品は「殺菌」ではなく「選菌」
ここがひしおの理解でいちばん大事なところ。
塩は菌を殺すけど、 全部を殺菌していたわけではない。
- 高濃度の塩 → ほぼ全部死ぬ、強い菌だけ残る
- 中濃度の塩 → 雑菌は死ぬ、耐塩性の乳酸菌が残る
- 低濃度の塩 → 麹菌も乳酸菌も生きられる
つまり、
発酵食品は「菌を育てて選ぶ文化」。
中国は塩が菌を選んだ。 日本は環境が菌を選んだ。
この違いが、ひしおを“別物”にした。
■ 日本の発酵は“菌との共生”から生まれた
中国は塩が豊富やから塩蔵文化が発達した。 日本は塩が貴重やから麹文化が発達した。
どちらも環境への適応であって、 優劣の話ではない。
そして昔の日本人は、 麹菌や乳酸菌の存在を“知識として”理解していたわけではなかった。
ただ、蔵の中で自然と彼らと共生しながら、 醤油や味噌を育ててきた。
菌を育てるというより、 菌とともに暮らしていた。
その生活の延長線上に、 日本の発酵文化が静かに形づくられていった。
戦後の食文化の変化で、 この“菌との共生”という生活の記憶は薄れてしまったけれど、
ひしおの歴史を辿ることは、 その古い記憶を呼び覚ますための一歩やと思ってる。
■ 私が使っている「やまさ味噌 生糀みそ」
ここまでひしおの話をしてきたけれど、 その文化は今も台所に静かに息づいている。
私が普段使っている味噌は、福島の 「やまさ味噌 生糀みそ」。
蔵出しの生みそで、発酵止めを使っていない“生きている味噌”や。
袋を開けた瞬間、麹の甘い香りがふわっと立ち上がり、 やわらかな酸味が混ざる。
まさに、蔵の記憶がそのまま台所に届いたような味噌やと思う。
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価格:1780円 |
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■ まとめ
- ひしおは中国にも日本にもあった
- でも環境が違うから別物に進化した
- 中国は塩が菌を選ぶ文化
- 日本は環境が菌を選ぶ文化
- 日本のひしおは麹菌 × 乳酸菌の共生
- 蔵という生態系が生まれた
- それが味噌・醤油の原型になった


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