麹菌を深掘りしたことで、日本酒の核心に少し触れられた気がした。
ならば次は、日本酒そのものの歴史を辿ってみよう──そう思って調べ始めた。
ところが、日本酒を遡っていくと、思いがけない場所へ連れていかれた。
行きついたのは「口噛み酒」という、古代の酒のかたちだった。
口噛み酒という古代酒を調べていたとき、 映画「君の名は。」の巫女が
酒を奉納する場面の意味が、 はじめて腑に落ちた。
あれは単なる神事ではなく、 古代から続く“身体でつくる酒”の記憶だった。
日本酒を追いかけていたはずが、いつのまにか“世界の酒の起源”へと
視野が広がっていった。 ならばもう一度、酒のはじまりそのものを辿ってみたい。
■ 酒は「偶然」から始まった
最初の酒は、人がつくろうとしてつくったものではなかった。
果実や穀物を壺に入れて保存していたら、たまたま自然発酵が起きて“できてしまった”もの。
発酵した果実は、甘く魅惑的な香りを放つ。
それを口にしたとき、身体がふっとゆるむ。
生き物はまず、その“変化”に出会った。
気持ちいいと感じたのであろう。
これは人類だけではなく、動物も同じだった。
発酵した果実を食べて酔うサルやクマのように、
“気持ちよかった”という反応は、生物に共通するものだったと思う。
その小さな偶然が、人類を酒へと導いたと言われている。
人類は「アルコールを作れる」と理解したのではなく、 偶然できた酒を飲んでみたら、
心と身体に作用があった。 その経験を繰り返すうちに、酒づくりが文化になった。
■ 文献はない。でも痕跡は世界中に残っている
古代酒は古代すぎて、作り方の記録なんて残っていない。
文字が生まれる前から酒は存在していたからだ。
けれど、世界中の遺跡から「噛み砕かれた穀物」が見つかる。 歯の跡が残ったトウモロコシ。
唾液由来の酵素が付着した米。 土器の内側に残る酒石酸や蜂蜜の痕跡。
文献より先に、酒の痕跡がある。 つまり酒は、文化より古く、人類の本能に近い行為だった。
■ 人はなぜ酒を欲したのか
現代では「酒は100害あって一利なし」と言われることもある。
痛風もちの私からしても、身体への負担はよく分かる。
それでも古代から酒が消えなかった理由は、 身体よりも“精神”と“共同体”の作用が
圧倒的に大きかったのだと思う。
● 水が安全じゃない時代、酒は“安全な飲み物”だった アルコールと酸が雑菌を抑える。
冷蔵庫がなく腐敗しやすい時代で、酒は命を守る技術だった。
● 酒は「陽気を生む技術」だった 酒があると、人はしゃべる。笑う。歌う。踊る。
祭りが成立し、共同体がひとつになる。
● 酒は精神を軽くする 恐怖や不安が和らぐ。寒さや疲れがまぎれる。
意識が少し変わり、祈りや歌が深まる。
● 酒は共同体の中心だった 神に捧げる。祖先に捧げる。仲間と分かち合う。
酒は「場」をつくる飲み物だった。
酒は寿命を縮めたかもしれない。
それでも、人は“生きている時間”を豊かにする方を選んだ。
■ 古代酒という“共同体の味”
口噛み酒は、唾液で糖化させる酒。 自分や身内の唾液は汚れではなく、“発酵の道具”だった。
身内の菌でつくる酒は、その共同体の味になる。 家ごとに、村ごとに、身体ごとに味が違う。
古代酒は、身体の飲み物ではなく、共同体の飲み物だった。
その味は、家族の呼吸や、村の暮らしそのものだった。
世界中で同じ「噛む酒」が見つかるのは、 人類が同じ問題(糖化)に、
同じ解決法(唾液)を使った証拠だ。 多くの地域では、この酒は祭りや儀礼で飲まれ、
共同体の節目を支える“祈りの酒”でもあった。
日本では、その役割がさらに特別な形をとった。
口噛み酒は神事に用いられ、誰が噛んでもよいわけではなかった。
清浄な身体を持つ巫女が共同体の代表として噛み、 神へ捧げる酒をつくっていた。

■ ここから日本酒が独自進化していく
古代酒の時代は、まだ世界と日本の酒は同じだった。 違いが生まれるのは、麹が登場してからだ。
麹が姿を現したとき、日本酒は世界のどの酒とも違う道を歩き始める。
その分岐点を理解するためにも、酒の起源を辿る旅は欠かせなかった。

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