40代で気づいた身体のサインと、食生活の見直しの始まり

食と体の関係

ある初夏の日の朝だった。 激痛で目が覚めたわけではない。

最初に気づいたのは、右足の親指の付け根にできた、 小さな“腫れ”だった。

そのときは、ただの腫れ物くらいにしか思っていなかった。

けれど、昼過ぎからじわじわと痛みが出始め、 夕方には歩くのもつらいほどの痛みに変わっていた。

今思えば、 あの初夏の朝から、身体は静かに何かを伝え始めていたのかもしれない。

ここから書くことは、医学的な因果を語るものではない。

ただ、あの痛風の発症をきっかけに、 私の中でいくつかの点が線としてつながり始めた

── そんな“個人的な気づきの記録”だ。

■ 痛風の前から、身体は静かにサインを出していた

思えば、痛風になる前から、 身体はずっと前から何かを伝えようとしていたのかもしれない。

便の調子が悪く、 いつもお腹が張ったような状態が続いていた。

ビオフェルミンや整腸剤を何種類か試しても、 劇的な変化はなかった。

ヨーグルトを食べても、決定的な改善にはつながらなかった。

それに、これは医学的な根拠があるわけではないけれど、 酒が好きだったことも、

どこかで痛風という形で表に出たのかもしれない。

そう思うと、あの頃の身体のサインが、 少しずつ一本の線につながっていくような気がした。

■ 緊急事態宣言の少し前から、太り始めていた

緊急事態宣言が出される少し前から、 私はじわじわと太り始めていた。

40代半ば。 代謝が落ちてきたのかもしれない。 仕事量はそこまで変わらなかったが、

要領がよくなって無駄に動かなくなったのもある。

その痛風になった時、 20代半ばから今までで一番ピークに太っていた。

実際に体重は7キロ増えていた。

■ 痛風後の“闇雲な検索”

先生に「食生活を見直しなさい」と言われたものの、 何をどうすればいいのか分からなかった。

だから、 痛風、食べ物、習慣…… とにかく思いつく限りの言葉で検索しまくった。

PCで調べながら、 テレビではYouTubeを流しっぱなしにしていた。

そのとき、ふと流れてきた動画があった。

「40歳からは食べてはいけない、病気になる食べ物」

そんなこと、考えたこともなかった。 気づけば食い入るように見ていた。

■ 身体に入りやすい白い食べ物

動画の内容はそこまで考えてなかった私にとっては、衝撃的だった。

「精製されていて吸収が早い」 砂糖、小麦粉、白米。

これらは血糖値を急激に上げやすいという話だった。

代わりに、 粗糖、キビ砂糖、黒糖、全粒粉、玄米。

その瞬間、 実家の食卓がふっと頭に浮かんだ。

親父が黒糖のお菓子を好んでいたこと。 おかんが白米に雑穀を混ぜていたこと。 米も5分づきだったこと。

あの頃の食卓が、 急に意味を持ってつながった。

だから、切り替えはすんなりできた。

■なるべく “自然な調味料に切り替えた”

ただ、続けられなければ意味がない。 だから、手に入りやすいものから変えていった。

  • 砂糖はキビ砂糖
  • パスタは全粒粉
  • 白米は玄米へ
  • 油は米油、低温圧搾のオリーブオイル、ごま油
  • 塩は天然塩
  • 酢やみりんは昔ながらの製法
  • 料理酒ではなく日本酒
  • チューブの生姜・ニンニクはやめて、チューブや加工されてない、生の生姜とニンニクに。

チューブのワサビから本物のワサビだけは高すぎてやめた。

■ 1日2食、16時間の空腹時間

そして一番大きく変えたのが、 1日2食にして、16時間の空腹時間を作ること。

朝は腹が減って起きるのが当たり前だったが、 40歳を過ぎたあたりから、

昼と夜の空腹感に変化が出ていた。

「人は元々1日1〜2食だった」という話を知り、 朝を抜くことにした。

最初は空腹で仕事に集中できないと思っていたが、 意外といけた。

11時頃にはペコペコになり、 何年ぶりかの“本物の空腹感”が戻ってきた。

便通もすぐに改善した。 食材を変えたからかもしれないし、 空腹時間のおかげかもしれない。

どれが良かったのかは分からない。

でも、 身体に悪くないなら続けてみよう。 自分の身体で実験してみよう。 そう思った。

■ かかとと手の甲に起きた変化

3〜4か月経った頃だった。

風呂でかかとを洗っていたとき、 角質がひどかったわけではなかったが、 明らかに柔らかく、

弾力があるように感じた。

その少し後、 冬の寒い日に手の甲を見たら、 何もしていないのにツルツルになっていた。

自炊率も上がり、 天然水で料理を作ったり、 麦茶を煮出したり、 口に入れるものが

少しずつ変わっていった。

■ そして一年後、花粉症に変化が起きた

一年が過ぎ、 あの嫌な季節がやってきた。

花粉の時期。

年々ひどくなっていて、 スギでも多少反応するようになっていたから、 薬は常に携帯していた。

でも、その年は違った。

反応が軽い。 0ではないが、明らかに軽減されていた。

処方薬がいらなくなり、 たまに出ても市販薬で十分効くようになった。

■ ここから“本当の意味での食の歴史の見直し”が始まった

どれが良かったのかは分からない。 全部かもしれないし、 たまたまかもしれない。

でも、 身体が変わったのは事実だった。

そして私は、 ここから本当の意味で “食の歴史を見直す旅”に入っていくことになる。

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